進学塾志学ゼミの合格体験記

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合格体験記 2021年

生井 翼さん 向丘高校
中央大学(理工学部)合格

最終模試のE判定からのまさかの逆転合格でした。高二の終わり、大学入試を意識しだした頃、他の高校と進行が遅いなあと感じ始めました。私は理数系でしたのでその進みが顕著でした。それに拍車をかけたのがコロナウイルスでした。学校は休みになり、短縮授業とさらに進行が遅れました。そんな中、志学ゼミは当たり前のように受験生のために塾を開けてくれたのでした。高二まで学校の勉強はどうにかこなしていましたが、受験生の意識があるかと言われればそうでありませんでした。受験勉強とは程遠いものであったなあと今になって思います。私が学んだ高校では二年時には化学基礎しか行っていませんでした。私立や中高一貫の友人はとっくに化学に入っていました。また高三になってようやく数Ⅲに入る状態でした。学校の先生からも「化学は終わらないよ」とよく言われたことが焦りを募らせました。同じクラスの友人たちの学校の進行は自分よりもかなり早いもので追いつきたいと必死になりました。特に同じ応用化学科を目指すTくんとは良きライバルでした。塾長がそんな私たちのために何種類もプリントを作ってくれました。そのプリントをTくんと理数科目を競争で解いたり、どう解いたかを語り合いました。また化学の無機等の暗記では資料集の穴埋めを作ってもらい問題を出し合いながら繰り返して暗記をしました。高二まで化学基礎していなかった私ですが理解が進むにつれて化学への興味が増してきました。それが得点という形になり始めたのは防衛大入試頃でした。防衛大に受かると思っていなかったのですが、理系全員が合格したことが何よりうれしかったです。 しかし高三までに終えていなければならない英頻(英語頻出問題演習)が頭に入っていませんでした。あいまいなところが多かったため緑(1番易しいもの)から毎日先生と声を出しながら覚えなおしをしていただきました。覚えてもすぐ忘れてしまうのが私でした。その都度、声に出しては繰り返すように言われました。何度も何度も行い、試験をして先に進む習慣が出来ました。コロナウイルスの中、夏期講習の前倒しと言って行われました。実際には予定の夏期講習の時間をはるかに上回っていました。 入試問題の過去問を解く時期になっても模試での判定はE判定でした。一つ出来たと思ってもまた出来ない問題が出てくる。そんな中、模試の間違え直しノートを作るように言われました。間違えた問題をコピーしてノートに張り付け解答を書いていきます。何度も直しているうちに自分の弱点が見えてきました。その分野を徹底的に教えていただきました。 先輩の話からも英語が出来たから受かった。「理系は英語で決まる」という言葉を聞いていましたがどうしても理数中心の勉強になりがちでした。本番では、鉄人の採点では英語は64%でした。同じ中央大学応用化学科を受けたTくんは87%でした。昨年合格されたF先輩も英語が85%でした。高1からしっかり英語をやるべきだったと猛反省をしたのも後の祭り。これが合否の差かなあと思っていましたが、数学、化学が思ったより手応えがありましたが受かるとは思っていませんでした。大学になっても「苦手なものはついてくるから克服しないといけない」と感じています。

田島 旦斐さん 小松川高校
中央大学(理工学部) 合格

僕の合格の決め手は英語と化学です。理系の英語で重要なのは単語と熟語。理系は英語が後回しになりがちですからしっかり勉強する時間を確保することが大切です。しかしなかなかそうはいっても難しいのが現実でした。学校が休みの時は毎日、塾で先生とみんなで声に出して英頻を覚えました。これを毎日の習慣にして英頻をやり終えられたことは大きかったですね。単語熟語文法を固めていくと私大の過去問の読解も取れてきます。合格を決めた大きな決め手はどこの大学入試でも英語は8割以上取れたこと。中央大学でも87%(鉄人採点)取れたことが合格の要因です。化学は結果が出るまで時間のかかる科目です。基礎となる下地をつくるために入門問題精講、基礎問題精講を繰り返しました。また理論計算、有機、無機の問題を新たに自分達用に作っていただきました。それを繰り返しこなしました。最初は実況中継を読んでもわからないと頃が多かったことを覚えています。冬休み明けでぐっと解ける問題が増えてきました。過去問にも対応ができるまでになったのです。焦らす基礎を固めることが大切です。苦手なジャンルを繰り返し、どう解いたか、なにができなかったのかを確認しチェックしてもらったことが大きかったですね。数学も入門問題精講、基礎問題精講を競い合いながら解いていました。友達が先に徳と悔しく思いましたし、自分が先に解き終わったときは「やったぞ」と思ったこともありました。まさか一緒に勉強をしていたIくんと同じ学校に行くことになるとは思ってもみなかったことですから嬉しさもひとしおですね。

菊川 妃美さん 城西大附属城西高校
東洋大学(ライフデザイン学部) 合格

「あの高校に合格する。」そう言うだけ言い張って、勉強と向き合うことをせず、不合格ばかりを並べた高校受験。制服も場所も何もかも知らなかった高校に私は入学しました。入学後も自分が想像していた高校生活と現実との大きな違いに何度も何度も過去の自分を恨みました。もう二度とこんな思いはしたくないと考え、高校二年生の冬に、塾に通いたいと両親に自らお願いをし、通うことになったのが、志学ゼミでした。話しやすい先生が多くいらっしゃり、人とコミュニケーションを図ることが好きな私にとって、楽しみながら学習できる環境でした。伝えたいことがうまくまとめられずにいた小論文では、より良いものとなるよう、とても丁寧に添削していただきました。自信がなくなり不安になっていた時も、「妃美ちゃんなら大丈夫!」と何度も温かい励ましの言葉をかけていただき、自信をもって試験に臨むことができました。 結果は第一志望、そして倍率が高く合格できるか不安だった第二志望どちらも無事合格。憧れの幼稚園教諭への第一歩を踏み出すことができ、嬉しかったです。この塾に通わせてくれて、心配かけながらも応援してくれた両親、とても丁寧に指導してくださった先生方のおかげでこのような結果に繋げることができました。本当に感謝しています。

玉木 彩菜さん 文京高校 
東洋大学(国際観光学部) 合格

私は受験生になるまでずっと得意科目は英語だと思い込んでいました。しかし、感覚で解けていた高校受験とは比べものにならないくらい大学受験の英語は厳しいものでした。1.2年生の時に定期テストは真面目に取り組んでいたため文法や長文読解などはある程度できていましたが、日々の小テストなどはサボりがちであったため、単語量が周りの受験生より圧倒的に少ない状況でした。受験期の初めの頃は英単語を覚えようと必死でしたが、本格的に受験勉強をするようになり他の科目を集中してやらなければならず英単語を覚える時間がだんだん少なくなりました。共通テストの長文読解では基礎的な単語しか出てこないので問題なく解けました。しかし、私大の問題を解き始めた11月頃、自分の単語量の少なさに焦りました。全く読めない問題もあり、今から単語をやるのは遅いとわかっていましたが1日に覚える単語のノルマを決めて少しでも単語を覚える努力をしました。少しずつですが前よりも英文を読めるようになり本番も実力を出し切ることができました。遅いとわかっていても取り組んでみることがとても大事だと思います。

勝田 ちひろさん 上野高校 
武蔵大学(文学部) 合格

私は英語が苦手でした。共通テストで英語が全く振るわず、塾長と話し思い切って二教科入試を中心にすることを考えました。苦手科目をどうするかではなく、得意科目、私の場合は国語でしたから国語の傾斜配点が高い学校を絞り込み受験のターゲットにすることを決めました。なんと共通テストで次々と女子大が受かり、一般入試でも武蔵、日本女子大等に合格することが出来ました。春先から日本史の実況中継をしっかり読み込み、次の週には予習、復習(志学のオリジナル)の穴埋めを繰り返しました。また一問一答式でブラッシュアップ、時期に応じてプリントをこなして行きました。佐々木宣氏の授業はさすが大学でも教えられているだけあって専門性が高く、質問にも丁寧に答えていただきました。また毎回授業終了時に習ったことをノートにまとめることをするように指示を受け実行したところ、国語の要約もできるようになったと指摘を受けて嬉しかったですね。苦手科目の克服よりも得意科目を伸ばすのも一つの手ですよ。

R・Iくん 東京大学附属高校
中央大学(法学部) 合格

私は、高校の 2 年間卒業研究を行い、執筆した論文を使って大学受験に挑みました。卒業研究というのは自らの興味関心のあるテーマを設定し、自分の力で論文を作り上げてい く我が高校独特の学校設定科目です。そこで私は「ソマリア沖海賊問題の発生要因と解決 に向けた今後の展望」というテーマを設定し約 40000 字の論文を執筆してきました。実は、 私がこの長い文章を書き続けられた秘訣は小学生の頃まで遡ります。私は中学受験をした 身であり、小学生の頃から志学ゼミにて文章の要約や作文を行ってきました。自分の書いた文章を何度もブラッシュアップしていき作り上げていく楽しさを教えてくれたのは志学 ゼミでした。あの時の経験があったからこそ文章を書く土台が塗り固められ、自らの問題 発見能力と分析力を向上させることが出来たのだと思います。その力は大きな力となりました。大学への志望理由書執筆過程においても、書いてきた志望理由書を阿部先生の教え のもと、より良い文章へと磨き上げていきました。小学生の時から始まり、中学受験、卒 業論文、志望理由書と、その積み重ねた力が総合的に組み合わさった事が大学合格の大き な鍵となったと思います。合格のために支えてくださった阿部先生をはじめとする諸先生 方、長きにわたってお世話なりありがとうございました。

湯田 龍晟くん 千早高校
大東文化大学(国際関係学部) 合格

私は入試に対しての意識が遅く、理解も遅いにもかかわらず勉強時間も少なく、秋口になって焦りが出てきました。そんな私を支えてくれたのが志学の先生方と母でした。学校ではほとんどやらない古典、日本史もAでしたからみんなとの開きは相当なものでした。学校で大学進学するほとんどの生徒は推薦かAO。一般入試は10人いるのかどうかだったように思います。日本史の覚える量も多く、何度やっても覚えられず、理解もできないところが多かった中で授業終了後いつも自分のために残って教えていただいた佐々木先生には感謝しています。「急がば回れ」分からなくなったら基礎に戻れと先生方によく言われていましたが焦りがありましたので耳に入ってきませんでした。母は入試の日程等のスケジュール表でさえ焦って自分で作れない私の話を聴いてくれました。そして一緒にスケジュール表を作ってくれました。それをみてようやく焦りが収まってきました。そうして人の話が聴けるようになった時は年が明けようとしていました。年末の掃除のとき、塾長が「白板を丁寧に掃除ができるようになったなあ。春先に掃除中に何度もビデオを倒して壊したことを思うとそうじができるようになったな」「掃除ができるやつは受かる」という言葉を塾長がよく口にしていたことを思い出してうれしかったです。とにかく諦めないで先生方の話をしっかり聴いて挑めば何とか道が開けます。

合格体験記 2020年

藤原 新一さん 大検受験 
中央大学(理工学部)合格

「理系の受験校は英語で決まる」と言われますが、まさにその通りでした。私は中学時代に英語が苦手で入塾しました。高校合格時に先輩から「高校は科目が増え、進むスピードも半端ないから予習をしておかないとだめだ」とよく聞いていましたので、迷うことあく3月から高校クラスで塾を継続しました。英文法と数学の予習のおかげで、高校の授業は楽でした。私の合格の決めては、今考えると継続です。一人では勉強はおそらく出来ていなかったと思います。1年で英文法をマスターし2年でセンターレベルを、並行して英頻の緑、青、赤をこなしていきました。授業でも何度も繰り返していただきました。  鉄人はネイティブな発音を大げさに、時にはゆっくりと繰り返えしてくれたことでセンターの問題は何ら悩むことがありませんでした。また素朴な疑問に対しても理屈で答えていただきました。例えば「アメリカ人は自分が驚くのではなく驚かされると考えるのだ」などアメリカ人の考え方を長いアメリカ暮らしで得た経験を話してくださったこと、理系の私たちに、世界史が分からないと解けない問題を解説していただいたことが印象に残っています。授業に出る楽しみが継続できた要因だと思います。  しかし高校に行く意味を見失い、何度も相談に乗っていただきましたが、その時は他人の話が聞ける状態ではなかったかもしれません。そして高校を辞め、大検を目指すことにしました。残っていた科目は物理と世界史でした。世界史の勉強方法を一から教えていただきました。朝から塾を開放していただき指定していただいた内容をこなして無事、大検に合格できたことは自信につながりました。また、防衛大の一次にも合格したことも大きかったと思います。  志学は2月まで塾があります。赤本の質問や受験をした学校の入試問題を個々に解説をしてもらえます。「間違えは追ってくる」と塾長は言います。間違えを抑えておけば次の試験にもし同じような問題が出ても大丈夫なわけです。私は自分の出来不出来にかかわらず、鉄人をはじめ、各教科の先生に添削をして解説をしていただきました。  入試本番を迎えました。中央の数学は私には難しすぎるものでした。塾で採点をしていただきました。やはり正解率が40%を切る出来でした。幸いなことに英語が85%を越していたのが救いでした。数学の先生がこれは難しいね。「数学では差がつかないと思う」という言葉がかすかな望みでした。これでは受からないと思い、親に頼んで他大学に手続きをしてもらったほどでした。「合格発表まで気を抜かずに勉強をして待つ」のが志学の伝統です。そうやって先輩方も合格を勝ち取ったことを聞いていたからです。合格発表までいつもと変わらず朝から来て勉強をしていました。 合格発表をネットで確認する前に目をつぶり大きく深呼吸をして画面に向かいました。私の番号がありました。目を疑いましたが、間違いなく私の番号でした。

菊池 真央さん 江北高校
日本大学(生産工学部) 合格

最後の模試で滑り止めと予想していた学校に全てE判定。当然、第一志望の日大の生産工は受かる訳がありません。私はわからない問題があると思考が止まり、ウトウトと寝てしまうようになっていました。「振り向くと寝ている」と言われたほどでした。電気・電子学科を目指していた私でしたが、物理が大の苦手でした。模試で0点をとったこともありました。担当の先生の解説を聞くとその時はなんと分かるのですが、いざ実際に解いてみると「なんだっけなあ」という状態が続いていました。これではまずいと思いながら何をどうしていいのか分からず、12月に入りました。そんな時、塾長が見に見かねて「中学の物理のレベルからやり直してご覧ん」と毎回プリントを「今日やったこと出来たことノート」に挟んでくれました。それから物理基礎のプリントへ。ようやく担当の先生が毎回言っている「用語の意味を考えろ」といったことが分かってきました。 志学の伝統のひとつに受験生の掃除があります。別に強制はされません。使った後のテーブルの上の消しゴムのカスを捨てることは各自でします。またやりたい者が机を拭いたり、掃除機をかけたりします。「君達の代は掃除をしない。今年は危ないぞ」と塾長が話をしているのを偶然耳にしました。掃除をする意味をあるとき塾長が話をしてくれました。「ひとつ汚れた部分を発見すると、ここも、あそこも汚れているところに気がつく。つまり視野が広がるのだ。掃除をきちんとできる者は合格する」というのです。その時は「そうかなあ」と半信半疑でした。私は毎日、掃除機をかけることを決めました。私の掃除を見ても手伝わない、見て見ぬ振りをする同級生もいましたが気になりませんでした。そんなある日、「グリちゃん(私のあだ名)はきちんと掃除をするね。掃除ができる子は受かるよ」と声をかけてくれました。正直嬉しくはありましたが、「そうなるといいけれど」という状態でした。  確かに、言葉を理解しようとすると頭が動き出しました。過去のセンター問題で40点をこせるまでになりました。そしてセンターの本番ではなんと60点を越したのです。  どこを出願するのかも全て先生方とお話をして、その通りに出しました。みんなの合格カレンダー(試験日程と発表日を記入する表)を作りました。それを見た塾長が「グリちゃんは工業デザインがあっているかもしれないから調べてみて」と言いました。また物理が苦手な私は大学に入ったとしても苦労することが目に見えていたのかもしれません。そうして調べるうちに同じ日大の生産工でも工業デザインを学べる学科があることに気がつきました。「これだ」という思いが湧いてきました。  そうして一般入試。なんと第一志望を含めた六校に合格していました。「君は人の話が素直にしっかりと聴けるところがいい。それが君の長所だ」と塾長に言われました。私は受験を通して自分の長所が分かりました

小島 莉子さん 豊島学院高校
東京女子大学(現代教養学部) 合格

私には苦い思い出がありました。それは高校入試に失敗したことです。大学入試は失敗したくないと思っていましたが学校の模試の英語の偏差値は50ありませんでした。英語が何とかならないと大学入試は太刀打ちできないことは知っていましたが、何をどうしていいのかわかりませんでした。  そこで紹介で志学ゼミに入ることを決めました。高校2年生の5月でした。高1の英文法が抑えられていないことがよくわかりました。私はやらなければならないことを必死でこなすことだけを考えていました。まずは英頻の緑をやり切ること。ミス一桁なんてできないと思いながら「できるまで」やればいいんだよと励まされながら、「くりかえし」「できるまで」行いました。1冊が終わった時、「やれた」という実感がわいてきました。「つぎもできるかも」という気がしました。それから一生懸命英頻を何度も通し地道に努力した結果、学校の模試では偏差値60を超えました。塾内の模試の点数も最初は200点満点で100点が取れませんでした。それから1年後には1番最初より100点くらい上がりました。  東京女子大学は私がとても行きたい大学でしたし、家族も東京女子を気に入っていたので合格した時はとても家族もとても喜んでくれました。塾に入って仲良くなった友達もたくさんいます。塾のおかげで無事大学入試を終えることが出来ました。ありがとうございました。

土屋・遥夏さん 文京高校 
日本赤十字看護大学(看護学部) 合格

私は高校3年の4月の終わりから志学に通い始めました。私が入った時にはもう皆受験勉強を始めていて、自分がどれだけ遅れているかがわかり、とても焦りました。毎日コースから始まり、なんとか皆に追いつかなくてはという思いでした。そして、とにかく毎日塾に行って自習をするという事を決めてそれを続けました。学校が終わって、勉強したくないなーと思って家に帰ろうか悩みますが、自分が家で勉強しない事はわかっているので、頑張って塾に行くようにしていました。塾に行けば友達が勉強しているので、それを見て自然と勉強に集中することができていました。模試では、第一志望の判定はいつもEで、最後の模試だけC判定だったものの11月の後半までは、学力が一気に上がったと実感する事はありませんでした。けれど、防衛医科大学校の一次の合格がわかって初めて自分に自信を持てるようになりました。そこから色んな大学の過去問を解いてやればやるほど点数が伸びて、わかる問題が増えていって、勉強が楽しいと思えるようになっていきました。過去問を解くとき1番時間をかけるのは解いた問題の復習でした。間違えた問題と正しい答えをノートにまとめて、次に同じような問題が出ても絶対間違えないと思えるまで復習をする事を必ず行っていました。あとはなぜその答えになるのかわからなかった時は塾の先生に聞くようにしていました。そういった事を続けた事で、自分に自信をもって試験会場に行けました。毎日コツコツと続けて行くことが最後に大きなものになって返ってきます。私も自分には絶対無理だと思っていた大学に合格することが できたので、受験生の方々も今は無理だと思っている大学にも諦めたりせずぜひ挑戦してください。

合格体験記 2019年

F・Sさん 城東高校 
早稲田大学(商学部)合格

昨年の学校の先輩が現役で早慶各1名と聞いていましたので、相当頑張らなければ受からないことを実感しました。中学から英語は鍛えられて来ましたのでセンターで9割を達成できました。鉄人は問題に即答してくれますので疑問に思ったらすぐ質問をしました。毎日、塾に来て勉強できる環境があったことがよかったです。

川野 匠さん 文京高校
順天堂大学(スポーツマネジメント学部) 合格

部活がありましたので高3で塾に復帰しました。みんなとの開きを毎日コースで埋めていき、英頻も3冊こなしました。1冊終えるたびに1冊を通してテストを行いミス1桁に有るまで繰り返しました。やり込むとはこういうことだということを体で覚えました。将来、スポーツ関係の仕事をしたいと考えています。将来の夢を夏期講習前に「未来地図」のセミナーが塾で行われました。未来の自分像を描きます。文字や写真を貼りながら作っていきます。大学入試も通過点という言葉の意味がよくわかりました。

S・Mさん 竹早高校
明治大学(農学部) 合格

毎日のように通塾しました。中学から通っている友人たちとは良きライバルでした。農学部を目指す仲間もいましたので、どうしても農学部に行きたいという気持ちが強くなりました。数学はチャートを英語は英頻を段階式に上げていきました。これも友達と競い合ったからこそレベルを上げられたと感謝しています。

H・Aさん 竹早高校 
法政大学(生命科学部) 合格

高2の終わりに入塾しました。自習ができるスペースがあるので自由な時間に寄れました。 そこには必死に勉強に取り組む友人の姿があり「よし、自分も」と気合が入りました。授業後にも質問に対応してくださり感謝しています。

合格体験記 2018年

榊原 聡倉さん 上野高校 
青山学院大学 (法学部)

中学まで英語は得意科目でした。しかし高校ではそうは行きませんでした。部活との両立もうまくいかず悩んでいました。高1の終わりにはみんなとはかなりの差ができていました。そこで思い切って部活をやめ毎日塾に来て基礎からやり直しをしました。これが私のターニングポイントでした。毎日塾に来て鉄人に質問をしました。1度わからなくなっても学校は止まってくれません。最初からやりなおしてみんなに追いついたのは半年後でした。
センターが過ぎ塾長から友人と難関大学の国語を一緒に解くように言われました。記述の要約しかありません。過去問を解いて合っていた、合わなかったという勉強から出題の背景に何があるのかを考えるようになり、要約を繰り返しました。自分に足りなかったものがわかりました。文章をじっくり時間をかけて読む。そして考えてまとめる。あるとき塾長から「大学生になれたね」と言われました。大学のゼミでは資料をまとめて発表し意見交換をするゼミがあることを聞きました。そこに参加できるレベルになったねと褒めてくださいました。それまで過去問をやっても合格点に遠かった点数でしたが、内容に関する問題はほぼ正解をするようになりました。そして不安が自信にかわりました。まさに「自信は自分で付けるもの」という塾長の言葉を実感した瞬間でした。
そして私立本番。出来たと思った大学にまさかの不合格。「できた」「できた」は恐いと先生方がおっしゃった通りでした。やや落ち込みましたが、問題を鉄人に即答して解説をしてもらいました。「間違えた問題は追ってくる」(また次に同じような問題が来る)と言われていましたので気分を切り替えて次に挑むしかないと思いました。
いよいよ青山学院大学法学部。私の第一志望でした。英語、国語は順調でした。しかし日本史が現代史の雨霰、これは正直「やられた」という気持ちになりました。塾に戻って調べて見ましたが芳しくはありませんでした。しかし力を出し切れた受験でした。私は「発表日まで気を抜くな」という塾長の声が頭を過ぎりました。ひとり難関大の国語を解くRくんに「一緒に問題を解いていいかい」と声をかけました。Rくんは発表を待ちながら国立の前期試験に備えていました。Rくんも不安だったのです。私の言葉に非常に喜んでくれました。そして国立の前期試験の前日が私の発表日でした。朝、塾でスマフォを開いて合格発表を見ました。「受かった」隣で私の言葉に反応したRくんも一緒に喜んでくれました。
志学ゼミは後輩、同級生の誰かが受かると顔を知らなくても拍手が起こります。私も拍手をしましたし拍手をされました。
「置かれた場所で咲きなさい」(渡辺和子)この言葉は私の好きな言葉です。この言葉には続きがあります。「咲けない日は根を下へ下へと降ろしましょう」 私は受験を通じて希望を持ち続ける心を学びました。小6の時、母に志学ゼミという場所を与えていただき、小さな芽の私に先生方がたくさんのエネルギーを与えてくださいました。そして第一志望合格という花を咲かせられた気がします。何事にも花を咲かせるためには多くの方の協力があってこそ出来ることです。
大学という新しい場所で次はどんな花を咲かせようか。そんな気持ちで一杯です。受験を通して、あらゆる人々との出会いに感謝します。ありがとうございました。

Y・Wさん 向丘高校 
神田外国語大学(外国語学部)合格

英頻を1冊「通し」て行いミス1桁が合格。最初にそれを聞いたときはそんなことができるのかと思いました。授業で何ども声に出し繰り返すうちにいつの間にかイディオムや例文を暗記していました。そして単元別にマスターすると1刷を通しておこない、ミス1桁になるまで行いました間違えの数で自分の実力をはかることができました。また英文解釈ではわからないところを飛ばして分かるところから類推する読み方を教わり模試の手数アップにつながりました。授業では物の見方、考え方、人としてのあり方も学びました。

西田 栞さん 墨田川高校 
國學院大學(法学部) 合格

高校1・2年でさぼった私は高3で授業に出てもわかりませんでした。途方に暮れながらも毎日塾に通いました。1年生が使う英頻の緑からやり直しました。そんな私に先生はとことん付き合ってくれました。暗記なら言えるまでくりかえし教えていただきました。そして鉄人の授業では些細な質問でも分かるように答えてくれました。そしてまさかの第一志望合格。信じられませんでした。応援してくれた両親、先生、友人に感謝です。

J・Kさん 駒込高校 
芝浦工業大学(工学部) 合格

学校説明会会場を間違えたり、問題用紙に答えを書きマークシートの答案用紙に何も書かなかったりいろいろありました。いろいろ悩んでいたときは塾長が的確にアドバイスをしてくれ、英語が分からない時は鉄人が即答してくれ、失敗をしたときに注意をしてくれた向井先生、家での生活を支えてくれた両親のおかげです。ありがとうございました。 鉄人の単語の発音はうるさく、少しでも間違えると指摘されます。しかしその御陰で発音、アクセント問題が強くなりました。

島村 雛乃さん 十文字高校 
北里大学(理学部)合格

私は高三夏に入塾しましたが、そんな私でも親身になって学習方法まで指導していただきました。もっと早くスタートを切るべきでした。私は苦手科目は平均点、得意科目で点数を上乗せする作戦を立てました。センターでは苦手な英語が135点、得意な生物で91点をとりました。数学は「フォーカスゴールド」を三回行いました。「くりかえし」「できるまで」「わかるまで」が志学の教えです。

K・Sさん 豊島高校
日本大学(生産工学部)合格

「ネガな発言をしない」そうするとその声は自分が聞いていて体全体でそう思うようになるぞと塾長から注意を受けました。基礎からやり直しました。緑の英頻のイディオムを1週間で覚えきろという命令が下りました。私はやる前から「無理だ」と思いました。「誰が無理だと決めた?」「自分です」「そうだろ。誰も無理だと入っていないよ」というコトバガ私に前向きな発言を意識させました。すぐにはそうはなりませんでしたが毎回指摘されましたが自分の人生のターニングポイントになったのではと感じています。

安田 利玖さん 小石川高校
慶應義塾大学(理工学部)合格

「みったん」こと水谷先生は高校3年間お世話になりました。「なぜそうなるのか」「どうしてそうなのか」を英文法を通して事細かに論理的に教えてくれました。理系の僕には論理的に説明されると納得がいき、自分でも説明できるようになった。そのため頭に残り忘れなくなりました。また「みったん」は英語だけでなく、英語という言語が話されている文化などの背景知識も豊富に教えてくれた。  日常の何気なく使っているbigとlargeの違い。マクドナルドのコーラのサイズはどう書いてある?SMLそうかlargeだ。大きなハンバーガーのことは何ていうの?bigマック。そうだbigだ。ではどう違うと思う?「みったん」は必ず意見を求めてくる。SMLは3つサイズがある。その中で大きい。そうか比べているんだ。Bigはこんなにも大きいのかと驚いたときにネイティブは使うことを教えてくれた。しかし高校生にはその違いを考えて一言で答えさせました。誰が見てもそれが言えること、自分がそう思うことの違いです。 またオーストラリア人とチャットで話をした時、日本人が日常で使うような感覚で「ニュアンスが違う」と英語で行った時、相手に通じなかった。学校で聞いてもはっきりせず「みったん」に話すと「それはコノテーションだよ。使ってご覧ん」と言われ、使ったところ相手が理解してくれた。こんなことが日常茶飯事で僕の心をくすぐった。それほど私は「なぜ」「どうして」が多かったのだ。実は「みったん」も「なぜ」「どうして」をよく先生にぶつけてきたらしい。答えてくれた先生もいたらしいがそうでない先生もいたとのこと。だから自分は答えられるようにしようと考えたとか。まあ僕はその御陰で変な質問もしたかもしれないが、納得のいく答えを貰ったと思う。  確かに高1からセンターレベルの模試を毎月こなしてきたので、試験慣れをしてきたことも大きかった。高2である程度英語は点数が取れるようになっていたので高3から試験科目に集中できた。数学は問題量が不足していた。満足のいく点数が取れ出したのは秋口だった。実際、慶応の試験では英語の試験中に数学の解答が浮かび、英語の問題用紙に数学を2問解いてしまった。解けた。しかしそれは英語の時間。悔しかった。落ちたと思った。しかしまさかの合格。運が良かった。 志学ゼミは毎日入り浸れることができる。そして誰かしら声をかけてくれる。やっていないと強制されることもある。ただ僕にはそれも必要だった。そして今日もTOEICの勉強をしにきた。「みったん」に勉強方法と何から始めたらいいのかを聞き問題を解く。一緒に合格発表を待ってくれる友と先生がいる。やるだけやったと言いたいがそこまで完壁にはやれていない。もう少し早く取り組んでいたらと思うことばかりである。国立には合格は出来なかったが結果には満足している。塾長は「自分に1番合うところに行くようになっている。そこでしか出会えない人がいるのだ」とよく言う。そうだ。大学入試も通過点。過去と今を切り離して考えるのではなく、未来もそうだが、継続している今を生きていくのだ。「みったん」受験が終わっても英語を教わりにくるね。

合格体験記 2017年

鈴木 優汰さん 北園高校 
首都大学 (法学部) 中央大学 (総合政策学部合格) 

これは鉄人こと水谷先生が事あるごとに塾生に言い聞かせる言葉だ。高校生活をどう過ごし、何を得るか。それはこの計画性の有無によって決定されるらしい。 志学ゼミには「通し」と呼ばれる伝統行事がある。講習中に一冊の問題集を始めから終わりまで間違いが0になるまでやり続ける、無謀にも思える課題である。中にはそのあまりの厳しさにこの通しを放棄した先輩もいたらしい。自分も最初はこの課題の達成は不可能に思え、逃げだしそうになった。出来ない自分への苛立ちから「じゃあ水谷先生は出来るのですか」と八つ当たりもした。すると、水谷先生はそれをやり始め一時間が経つ頃には当然のようにやり終えていた。 「今は出来なくても、練習して期日までに通せるようになりなさい。それが計画性だ。」 そう言われ半信半疑ながらも、とりあえず通せるようになるような練習の計画を立てる。計画通りに練習して迎えた通しの当日。絶対不可能に見えた通しは達成可能な課題に変わっていた。おそらく、この時に自分は計画性の重要さに気付いたのだと思う。 高1では毎月行われるセンター模試ではやはりなかなか100点(200点満点)が越えられなかった。ひたすら英文法を終え、英頻を1冊2冊3冊と覚え、速単速熟が終わるとぐっと読み込めるように変わった。また鉄人と考えて訳す英標。日本語にしてもなかなかわからずに鉄人に内容の背景を説明してもらって初めてわかるといったレベルだった。だからけっして見たらすぐわかるレベルではなかった。 鉄人は私たちによく「僕の思考に近づけ」という話をします。つまり理屈で物事を考えよということ。物事を順序立てて話さないと聞いてくれませんし、「それって理屈になってない」とばっさり言われることも度々でした。そして「感情的に訴えられても僕には何もできない」それでもめげずについていかないと論理的な思考が身に着かない。土曜の夕方の鉄人の国語はまさに要約の世界。ここで学んだ要約力が英語にも行かせたことは事実。鉄人は問題に即答するだけではなく語源から話してくれますのでなるほどと思うことが多々ありました。例えば、big.とlargeはともに大きいと訳すけれどどう違うのかということを、マクドナルドのドリンクやビッグマックの例を挙げて説明をしてくれたりしました。身近なことで説明を受けると頭に残こっていた。 1年で英文法と古典文法の基礎を身に付け、高2で演習をこなしセンター同日模試でも9割が見えるまでになった。高2から世界史を2年計画で行いこなす予定が国が多すぎで時代感覚をつかむまで大変だった。学校の進行は年内に終わるかどうかでしたからあてにはならなかった。塾長がよく縦軸を中国史にして、縦ができて横を見ろ(ほかの国を見ろ)と言われていました。政治史が頭に入っても文化史がなかなか頭に入らずに苦労した。 部活をやると夜の勉強をする際の体力が持たないことを私は知っていたので部活はやらなかった。また多教科をこなすのは難しいことも知っていたので私立文化系にした。 高校生活ひいては人生が計画性の有無によって決定される、というのはきっと正しい。自分は実りある人生をおくるために必要不可欠な能力を受験、そして水谷先生から学ぶことが出来た。この合格体験記がそれを誰かに伝えられたなら、それは僕の高校生活の最高のハッピーエンドだ。

坂井 恒太君 足立学園高校
成城大学(経済学部)合格

高校入試で失敗したにもかかわらず、高校生活でもゲーム中心の生活で勉強は後回しの状況でした。高3直前でもどってきました。高校で遊んだ付けは大きく、英文法は基礎からやり直しとなりました。家で勉強をする習慣がなかったせいで毎日の通塾となりました。 親の言うことを聞かず、何度も塾長から説教をうけました。そうだなあと思いながらなかなかなか素直に受け入れられない自分がありました。それでも見捨てずに最後までし指導していただいた先生方に感謝しています。中学卒業時から通っていればもう少し楽な受験になったかと反省をしています。

青木 里奈さん 女子聖学院高校 
獨協大学(外国語学部) 合格

病気で長期学校を休んでいたことで世界史が間に合いませんでした。そんな時、センターの結果を見て2教科入試をアドバイスしてくれた鉄人、向井先生に感謝しています。一緒に覚えあった仲間はこれからも大切な仲間です。

井口 智裕君 隅田川高校
日本獣医生命科学大学(応用生物) 合格

英語が覚えられないとあきらめていました。熟語、イディオムが書かれた白板の前で仲間と覚えあったからこそ1冊が通すことができました。 何度も何度も声に出して繰り返すうちに体に刻まれていくような気になりました。先生をはじめみんながいたからこそできたと思います。

芦澤 貴一君 淑徳巣鴨高校
獨協大学(外国語学部)合格

部活が終わってからの再入塾。中学までは得意だった英語は高校で錆びつき使い物になりませんでした。当然のように毎日コース。イディオムをなんとかマスターしたのは冬でした。みんなで覚えあい、プリントで反復していくうちに1冊も2時間かからずに通すことができました。can’tも2つの意味(できない、はずがない)を繰り返して口にしました。

S・T君 小石川高校
國學院大學(文学部)合格

「伝承学」を國學院で学びたい。その思いで受験勉強をしましました。志学ではとにかく場数を踏むということを学びました。毎月のセンターレベルの模試。日頃からセンター対策ができましたね。

市村 綾香さん  上野高校
法政大学(社会学部)合格

高3直前での入塾でやはり英文法、世界史があやふやでした。感覚の英語でしたので英文法での分析ができていませんでした。基礎からやり直し、英文解釈につながるまで時間がかかりました。そんな時、「国語で読み切る」ことができる。要約していくことの大切さを学びました。友人のS君のように高1から通塾していればと悔やんだものでした。センター直前、円陣を組んでみんなで歌った塾の歌は気持ちの高ぶりを感じました。

谷口 博一君 江北高校
東洋大学(総合情報学部)合格

「理系は英語が弱い」と言われますが、まさにその通りでした。英文法の用語もわかりませんでしたから、文法書も読めるはずもありませんでした。イディオムも頭に入っていませんでしたから一から覚えました。数学は白チャートからやり直しました。毎日、基礎のからの授業を受け点数になってきたのは秋でした。あきらめずに最後までやり切ることの大切さを学びました。

合格体験記 2016年

吉川 美佳さん 村田女子高校
津田塾大学、東京女子大、日本女子大 合格

中学の頃からお世話になっている志学ゼミ。高校受験では合格するだろうと考えていた都立高校が、結果は不合格。行きたかった都立高校しか真剣に見ていなかった私は、違う学校に行く自分に納得できないでいました。しかし今思えば、よく塾長がおっしゃる「行くところには必ずご縁がある」という言葉の通り、あの時の私にベストな高校であり、ご縁だったのだと思います。 私立の高校に入学後、はじめは勉強に集中しようと考えていた私ですが、担任が顧問だったこともありあまり深く考えずに演劇部に入部しました。これがまた何のご縁か、その部活は過去に全国大会、関東大会に出場している都内でも有数の強豪校だったのです。2年にあがり部長になった私は、一年の時に都大会出場を逃した悔しさからさらに部活に明け暮れるようになりました。1年の夏頃までは定期的に通っていた塾も、このころには週に1度行けるか行けないかという月もありました。その時ふと、高校にあがってすぐのころに水谷先生がおっしゃっていた「高校で部活に入ると勉強との両立がとても大変だ」という言葉が頭をよぎることがありましたが、部活の忙しさにかまけてその言葉から逃げていました。 その年部活は関東大会に進み、引退したのは3年生の4月でした。慌てて志学ゼミに通い、改めて自分の現状を痛感しました。それからは週3回の授業のほかに、阿部先生に英単語、熟語をクラス全体で暗記する時間を作って頂き、さらに水谷先生の授業ではセンター演習や実力からやや難しめの過去問などを解いたりなどして少しずつ力をつけていきました。 夏にはセンター模試で英語が8割を超えるようになり、何とか受験生としてのスタートラインに立てたかと思いました。しかし学校では試験のために覚えては忘れていた日本史は1年間で覚えなおすのには非常に苦労しましたし、古文、漢文などもほぼ一から教わるようなレベルでした。当然部活をやっていても上手く両立して大学受験に備えている人はまわりにいましたので、ただただ自分の計画性の無さが生んだ結果でした。 そして現役での大学受験は、一般試験ではすべて不合格、最後に受けた第一志望の津田塾大学の試験は補欠となり、3月下旬に繰り上げなしの通知がきました。高校、大学と2度もあと一歩のところで不合格となった私に、父は「あの状況からここまでよくやった。あともう一歩だったな」と言ってくれました。その時、高校大学受験とずっと応援してくれていた父に本当に申し訳なかった、という気持ちがこみあげてきました。 浪人となり迎えた日々は決して楽な毎日ではありませんでした。なによりも学校の仲間が新たな場所で頑張っている一方で、自分が何にも属していない状況が耐え難く感じられました。それから何となく英語が好きでいいなと思っていた志望学部の国際関係について気にするようになりました。新聞のコラムや国連で働く人などのブログを読むうちに、この学問を学ぶことが確かに有意義なことである、という確信を持てるようになりましたし、勉強のモチベーションにもなりました。勉強面では去年勉強した蓄積もあり、自分で進められるところ、そうでないところが出てきました。個人個人で対応してくれた志学ゼミだったからこそ、自分にあったペースで勉強ができました。また、何度も先生と面談して自分の希望大学がどこに行っても後悔のないものに決定できました。 それでも、大学受験は簡単なものではありませんでした。今年もなかなか受からず、最後にまた津田塾大学の試験が残りました。後がないというプレッシャーが強くありましたが、ここまで自分を信じて応援してくれた両親の為にも、自分の為にも、2月の最後まで試験に臨みました。そして、結果は合格。3度目の正直で、ようやくあと一歩に手が届きました。あまり実感が沸かなかったのか、冷静でいた私よりも両親のほうがずっと喜んでくれていたのを、今でも鮮明に覚えています。 先日、志学ゼミで行われた祝賀会で塾長に「今の自分にあった言葉を引くよ」と言われながら、相田みつをさんのカードをいただきました。そこには「自分が自分にならないでだれが自分になる」という言葉がありました。自分の魅力とは何か、自分なりの価値観を持つこと、これがこれからの私の課題なのだ、と気づきました。これまでのご縁を無駄にせず、そしてこれからのご縁を大切に、自分を作っていきたいと思います。 ここまで私を支えて来てくださった両親、塾長をはじめ志学ゼミの先生方、そのほか多くの方々に感謝します。

伊藤 蒼悟君 両国高校
筑波大学 (理学部)  防衛大学(理工学) 東京理科大(理工)、明治大学(工)合格

小学校からお世話になりました。小学校でいじめに会い転校したときもいつも私の話を聞いてくれて気持ちをくんでいただきました。私は1つのことをやり始めるとそればかりやってしまい他のことができなくなります。それをみて塾長が時間を横に使え(時間で区切ってほかの科目を学ぶこと)とよく話をしてくれました。

和賀 恵さん 青山高校
早稲田大学(文)明治大学(文)、青山学院大学(文)、(総合政策)立教大学(文) 明治学院大学(文)成城大学(文芸)合格

推薦で合格するよりも一般で入試を経験して合格したい。そう思っていました。中学から通っていましたので英語には自信が持てていましたが、大学入試の英語は国語の要約力が必要だと思いました。英語に関して何を尋ねても即答してくれる鉄人。日本史、古典を繰り返し出来るまで教えてくれた向井先生。一緒に塾の掃除をした仲間とは支え合ってきたなあと思います。

渡邊 健志君 高島高校
東洋大(法)(ライフ) 日本大(危機管理) 拓殖大(政経) 合格

中学でお世話になり、高校で硬式野球部のため一旦は塾を離れていました。夏の大会が終わり最入塾しました。高1の基礎から抜けていたことを痛感しました。塾の同じクラスのみんなと励まし合いながら一緒になって「くりかえし」暗記をしました。期限を決めてやりきることはおそらく一人では乗り切れていなかったと思います。

金子 トプ君 上野高校
国学院大(法) 東洋(法) 神奈川大(法)合格

先生方の進路指導に従わず好きなところだけ受けて全滅をして浪人をしました。浪人をして独学をしていましたが成績が上がらずに悩み受験3か月前に志学に戻りました。毎日のように質問をして答えていただきました。入試が終わると鉄人にすぐ解説をしてもらい次の試験に生かしました。間違えた問題は追ってくるというのは本当でした。

永野 翔太君 晴海総合高校
防衛大(理工学) 東京工科大(医療衛生) 帝京平成(医療メディカル)合格

志学名物「英頻の通し」(1冊をミス一桁になるまでやり抜くこと)最初は8時間余りかかりましたが、繰り返してやるうちに半分程度の時間ですることが出来るようになりました。 一緒に頑張れる仲間がいたことが大きかったと思っています。

K・Nさん 日大豊山女子高校
日本大学(薬)合格

内部進学が外部進学か迷い向井先生によく相談を受けていただきました。そんな時、豊山女子の先輩が薬剤師になって塾を訪問されました。薬剤師になるには大変なことだと痛感しましたがやりがいのある仕事だと思いを新たにしたことを覚えています。将来の夢にむかってがんばります。




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