心の時代
GW中に帰省をさせていただきました。田舎に帰ると気持ちが和らぎ、落ち着きます。
瀬戸内の海を眺めながら、帰って来たなあと思いながら、その自然の中で自分の存在がいかにちっぽけなものであるのか、そしてその中で育まれてきたことがよくわかります。私がいようといまいと何ら変わらないようにも思えます。山に、風がなびき、木々が揺れ「山笑う」とはよく言ったものだと思いながら自分の原点、志学ゼミの原点を考えておりました。
志学ゼミは今年で四十三年目のシーズンに入りました。これもひとえに皆様方、スタッフ、社員のお陰だと思っております。ありがとうございます。
私は要領よく物事をこなすのが苦手であったなあと思い出しました。志学ゼミも同様で、効率よく利益を上げていくことが苦手な塾です。「くりかえし」「できるまで」「わかるまで」をモットーにしていますのも、自分自身が目から鼻に抜ける人間ではなかったからかもしれません。ですから「わかるまでやる」「できるまでやる」といったどちらからというと泥臭いことが合っているような気がします。そこに共感をいただいた皆様が私共を支えていただいてきたように思えます。
先日も「会社の旗を掲げる」というテーマのセミナーに参加する機会がございました。塾全体の旗はやはり「できるまでやる塾」ということが決まっておりましたので、各部門の旗を社員に考えてもらうことにしました。自分で考えてもいいですしAIに訊いてもいいわけです。AIも一つの案だと私は思っています。それはAIによって回答が異なる場合もあるからです。現場にいる人間が何気なく日常の話す言葉の中にその旗は隠れているのではないかと私は考えています。やはり人間がどう考えるかです。
先日保護者セミナーの席で芳賀講師が飯倉講師のことをこう話していました「飯倉講師は、本当に細かいのです。授業が始まる前に、宿題をやってきたノート、間違い直しノートを一人一人確認しているのです。また提出物の確認も1ページずつ見るのですね。実に細かいです」
と語っていました。飯倉講師に訊くと「解きっぱなしはよくないですから、出来るまで解き直しをさせたいのです」という答えが返ってきました。
そこで小学生の旗が決まりました。「解きっぱなし、やりっぱなしをさせない」という旗が見えてきました。旗が決まると日常に落とし込むことをセミナーで聞きました。志学ゼミは日常でやっていることの旗がなかったことに気が付きました。
個別の中井川講師は、個別ではやっていないことを今実践しています。それはなかなか頭に入っていかない。すぐ忘れてしまう。そのためにどうするのか。という問題を抱えていました。そこで、「授業終了後、やり直し、覚えて帰る等を行うことにした」と報告がありましたが、さらに今は「呼び出し補習」を行っていいですかという相談がありました。現場から出た声でないと継続できないことを私は知っていますのでもちろんOKをだしました。
高等部は月水金土を授業日、科目を補習日としました。休んだり、頭に入っていない場合があるからです。志学ゼミでは定期試験前は中学、高校も全教科補習を行います。大学入試即答の英語の水谷(鉄人)をはじめ文系理系の講師を用意しています。中学と違い問題集がない場合はこちらで作ります。 志学ゼミはこういった非効率なことを昔からやってきました。私はこの泥臭いやり方が性に合っていますから、私が現場を離れても引き継がれると思っています。
もう一つの柱は「考えること」、自分で考えて判断して行動する人間力を高めるということがあります。ですから答えをすぐ訊くのではなく、どう考えたのか、どう思うのかを双方向授業(対話型授業、大学のゼミ方式)で訊くことにしているのです。そして「そういう考え方もあるね」とどんな考えでもいったんは受けいれるようにしているのです。
2026年 6月